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美里町の観光スポット情報を掲載しています。

※画像クリックで詳細を表示します。

牛飼水辺公園
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国指定史跡 山前遺跡
山前遺跡 メイン.jpg山前遺跡 メイン.jpg

山神社
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小牛田駅
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小牛田公園
小牛田公園②.jpg小牛田公園②.jpg

神寺不動尊松景院
松景院 メイン.jpg松景院 メイン.jpg

神明社と星日月
木間塚神明社 メイン.jpg木間塚神明社 メイン.jpg

二つの塩釜神社
塩釜神社 メイン.jpg塩釜神社 メイン.jpg

不動堂と後藤氏
西館跡 メイン.jpg西館跡 メイン.jpg

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名所

牛飼水辺公園.jpg牛飼水辺公園.jpg

牛飼水辺公園

桜やあじさいを眺めながら、野外でスポーツやバーベキューを楽しむ事ができます。また、夏は花火大会の会場としても親しまれています。江合川が流れる広々とした河川敷は、花火観賞には絶好のロケーションです。秋が深まる頃には鮭の遡上が見られ、簗場での鮭の捕獲と採卵も季節の風物詩です。

山前遺跡 メイン.jpg山前遺跡 メイン.jpg

山前遺跡 大溝.jpg山前遺跡 大溝.jpg古墳時代前期の大溝

国指定史跡 山前遺跡

縄文時代早~中期、古墳時代、奈良・平安時代、中世にわたる極めて重要な遺構・遺物が発見され、昭和51年(1976)に国の史跡に指定されました。環境整備化が行われた現在は歴史を学ぶ史跡公園として親しまれています。遺跡の一部を成す新山前貝塚は、縄文時代早期の海産貝塚としては素山貝塚とともに県内で最も内陸に位置しており、縄文海進を考える上で重要な意味を持っています。縄文土器を大量に埋蔵する包含層などもあり、その遺物の整理は今なお続けられています。

全国的にも例のない、古墳時代前期の大溝。規模の大きさ、構造などから外敵に備える施設であったと推測されています。

山神社.jpg山神社.jpg

山神社 どんと祭.jpg山神社 どんと祭.jpgどんと祭
山神社 あじさい②.jpg山神社 あじさい②.jpg境内のあじさい
山の神まんじゅう(袋ダイカット用).jpg山の神まんじゅう(袋ダイカット用).jpg山の神まんじゅう

山神社

古来より安産、子育て、縁結び、山仕事の守護がご利益として知られ、東北各地から多くの参拝者を集めてきました。明治30年(1897)頃に発売された「山の神まんじゅう」「子持ちまんじゅう」は、山神社のご利益と相まって参拝者に親しまれ、現在に至るまで山神社のお土産として喜ばれています。

元亀2年(1570)に摂津(せっつの)国(くに)から陸奥国遠田郡の南小牛田村に移り住んだ小山田氏の氏神として遷座されました。寛文2年(1662)南小牛田村で町割が行われた際、字町屋敷地内に社殿が置かれましたが、明治大火で焼失。その後、大正5年(1916)に現在地へ移されました。主祭神は木花佐久夜比売(このはなさくやひめの)命(みこと)で、周辺の神社から合祀された天(あま)照(てらす)大神(おおみかみ)、誉田(ほんだ)別命(わけのみこと)、大山咋(おおやまくいの)命(みこと)の三柱の神々も祀られています。

正月に行われるどんと祭には多くの参詣者が集まります。小牛田駅前からの裸参りや出店もあります!

6月下旬~7月にかけて、境内のあじさいが見ごろに。珍しい品種もたくさん♪

おみやげには…
山の神まんじゅう。明治から愛され続けた老舗の味をぜひおみやげに。

もうすぐ遷座100周年!

小牛田駅.jpg小牛田駅.jpg

転車台.jpg転車台.jpg転車台
カリヨンの鐘.jpgカリヨンの鐘.jpgカリヨンの時計塔
ウィノナ姫像.jpgウィノナ姫像.jpgウィノナ姫像

小牛田駅

小牛田を象徴するものの1つ「小牛田駅」。小牛田の町名が失われた今となっては、地名を残す貴重な場所です。東北本線・陸羽東線・石巻線とそこから分岐する気仙沼線の、事実上4路線が利用できる交通の要衝。今なお残る転車台は県内でも現存・稼働する数少ないもので、小牛田駅の象徴として多くの人をひきつけています。

明治23年(1890)に開業した小牛田駅は、現在地より北約1㎞地点に位置していました。鉄道敷設に伴う江合・鳴瀬両河川の架橋工事は難渋を極めましたが、開通後は山神社にも近いことから参詣者の足として利用され、お土産の小牛田まんじゅう、山の神まんじゅうとともにその名を広く知らしめました。しかし、洪水被害や新路線の開通を契機に現在地へと移転。大正2年(1913)に新駅が開業しました。それに先立ち大正元年(1912)10月28日には現在の石巻線が、開業直後には現在の陸羽東線が相次いで開通しており、小牛田駅は100周年というメモリアルな年を迎えています。

転車台。イベントなどで公開されることもあります。

駅西口には優しい音色を奏でるカリヨンの時計塔と、平和への祈りが込められた珠のモニュメントが。

東口ではウィノナ姫がお出迎え。真実の愛を貫いたダコタ族のお姫様が望むのは、はるか故郷のウィノナ市。姉妹都市交流を記念に建てられました。

小牛田駅(旧駅)開業から120周年にはこんな木札も製作されました。古くは枕木として利用された栗の木と、美里特産の梨の木、2種類あります。価格/1個1200円 問合せ/㈲ヒロ工房 ☎0229-58-1107

小牛田公園①.jpg小牛田公園①.jpg

小牛田公園②.jpg小牛田公園②.jpg

小牛田公園

フィールドアスレチックや野球場、ゲートボール場等の運動施設があります。桜の名所でもあり、4月には桜まつりの会場としてにぎわいます。公園内にはかつて陸羽東線や石巻線を走っていたSLを野外展示しています。

SLが目の前に!!

松景院 メイン.jpg松景院 メイン.jpg不動明王
少年山伏修行.jpg少年山伏修行.jpg少年山伏による火渡り修行
おみき茶屋.jpgおみき茶屋.jpgおみき茶屋

神寺不動尊松景院

天正19年(1591)真言宗の寺院として開山以来、今日に至るまで古くからの密教と神仏混淆の修験道を修め、伝統を今に伝えています。東北三十六不動尊霊場の1つとして災厄消除・福徳開運を祈る参詣者が一年をとおして巡礼に訪れています。塑像としては日本でも最大の規模を誇る不動明王。現在は震災の影響の為、2013年末まで改修工事を行っています。

8月には少年山伏による火渡り修行、11月には大根炊きと呼ばれる大聖歓喜天の大祭などもあります。

松景院 ☎0229-34-1010  美里町中埣字町80
    駐車場あり(無料)

おみき茶屋
参詣の帰りに立ち寄れるお休み処。ご祈祷・ご参詣の際にはオッサンラーメンがオススメ。オッサンとは方言で和尚さんのことです。
 問合せ/おみき茶屋 ☎0229-34-2355
 ※行事がある時はお休みをいただく事があります。

木間塚神明社 メイン.jpg木間塚神明社 メイン.jpg

槻の木.jpg槻の木.jpg槻の大木

神明社と星日月
   
神明社はもともと破軍星(北斗星)を祀り、妙見堂と称されていました。明治維新後、神明社と改称。天正19年(1591)、坂本俊久が主家亘理氏の移封とともに木間塚に移住した際に、旧領から遷座したものと伝わっています。星の信仰や地形から神明社が位置する場所は「星の山」、坂本家の居館のあった場所は「日の山」、槻の大木がある十王山は「月の山」と呼ばれ、人々の生活に密接にかかわるようになりました。

「日の山」と呼ばれた古館では近年発掘調査が行われ、調査の結果から、伝えにある坂本氏の居館である可能性や、南郷地域の歴史がこれまで考えられていた以上に古くまで遡ることが判明しました。

「月の山」に立つ槻の大木は樹齢750年余! 近年患った腐朽心材症も治療が進み、大切にされています☽

木間塚神明社 ☎0229-58-1738 美里町木間塚字古舘33
       http://enako.org

塩釜神社 メイン.jpg塩釜神社 メイン.jpg

稚児行列.jpg稚児行列.jpg11月に行われる大祭

二つの塩釜神社

美里町には和多田沼と二郷に塩釜神社があります。和多田沼にある塩釜神社は鹿島神宮の分神の1つだと言われています。地域住民からは「塩釜様」と呼ばれ、神話に登場する神が祭神であるという、歴史ロマン溢れる場所。二郷の塩釜神社は、葛西氏の重臣が主家滅亡後、現在の塩竈市にある鹽竈神社から勧請して祀ったとされています。元は氏神であった二郷の塩釜神社でしたが、風土記御用書出によれば村の鎮守とされており、二郷地域の中心的な位置にあったと考えられています。

和多田沼の塩釜神社は中世になって廃社同様になっていたのを、天正19年(1591)に亘理元宗が再興し、国家安全、五穀豊穣の祈願所としたと伝わっています。祭神は武(たけ)甕(みか)槌(づちの)神(かみ)、布津(ふつ)主(ぬしの)神(かみ)、塩土(しおつちの)老(お)翁(じ)の三神です。なかでも塩土老翁は記紀神話の海幸彦・山幸彦の神話に登場するほか、神武天皇の東遷を示唆した神であるとされています。

毎年11月第1日曜日に行われる大祭では、翌年の春に小学校に入学する子供たちが揃いの衣装を着て立ち並ぶ稚児行列が催され、地域の風物詩となっています。

塩釜神社(和多田沼) 和多田沼字上屋敷3
塩釜神社(二郷) 二郷字慶半35

西館跡 メイン.jpg西館跡 メイン.jpg西舘跡
千葉亀雄文学碑.jpg千葉亀雄文学碑.jpg千葉亀雄文学碑

不動堂と後藤氏

美里町西舘地区には、慶長16年(1611)に伊達氏よりこの地を拝領した後藤氏が、その後明治維新まで居館として使用した西舘跡が残っています。別名鶴舘・鶴頭城とも呼ばれ、小さいながらもまとまった城下構成が取られていました。付近には「三獄山(みたけさん)大聖寺(だいしょうじ)跡(不動堂史跡公園)」があり、ここで不動明王を祀っていたことから「不動堂」という地名の由来になったとの伝承が伝わっています。

西舘地区は、中世には大崎氏と葛西氏の覇権争いの最前線の地であり、天正年間(1573~1585)には大崎氏の支配下にありました。その後伊達氏の支配下に置かれると、後藤信康がこの地を拝領し、その子、近元が移り住みました。伊達氏二十要害の一つで、後藤氏は仙台藩の宿老として重要な地位を任されていました。一説によると、涌谷伊達、松山茂庭などの有力者に対する目付として配置されたとも考えられています。付近には「三獄山大聖寺跡」の他に後藤氏の墓所がある「月洲山皎(がしゅうざんこう)善寺(ぜんじ)」、近年になって例祭が復活した「雲谷山(うんこくさん)長福寺(ちょうふくじ)」のほか、鳴瀬川サイクリングロードなどが徒歩圏内にあり、歴史散策や自然散策が楽しめます。

西舘跡は現在都市公園として整備され、隠れた桜の名所。

日本文学の発展に貢献した不動堂村出身の文芸評論家・千葉亀雄の文学碑も。

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